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ちょみログ

「復興の狼煙(のろし)」

今話題の「復興の狼煙」ポスタープロジェクトを知ってますか?
詳しくはこちらをどうぞ。

大船渡釜石大槌町の人達の、震災に負けないと言う強い意志が伝わって来ます。
お時間があれば、ぜひ全てのポスターを見て下さい。
心が締め付けられる思いと共に、心底応援したいと言う熱い思いが湧き上がって来ます。


当初は岩手限定で張られていましたが、反響が相次いだので、インターネットで販売されています。
兵庫県では、神戸、尼崎、篠山市などの支援イベントで展示されました。


盛岡市の広告会社の男性が、仕事仲間達とポスターを作った事がきっかけらしいです。
心の叫びの様なメッセージは、撮影時に交わした会話や、本人が発した言葉から引用しているらしいです。
印刷枚数は6万枚を数え、収益から被災地への寄付は、1千万円を超えたらしいです。

素晴らしい、本当に素晴らしいです。


神戸では、地下鉄主要駅や車両、市バス車内などに張られ、企画した神戸交通労組は「真っ直ぐな言葉に感動した。被災地支援の一環として、年内は掲示を続けたい」と言っています。
こちら先日神戸でのイベントです。
神戸新聞にも取り上げられていました。
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「埃も泥も、思い出にする」
「夢は勝つ。必ず勝つ」
「もうふざけんじゃねえぞ」
「頑固者の出番のときだ」
「あの日と戦い続けていく」


沢山の言葉や思いが込められています。

どうか、一日一回、いつでも良いので、被災地の復興が終了し、皆が笑顔で生活してる姿をイメージして、そして祈って下さい。
一番の大きな力です。

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直感力と決断力

以前にも紹介しましたが、私はウイリアム・レーネンさんが大好きです。
彼の言葉からは、優しさや癒しがとても伝わって来ます。


最近読んだ、レーネンさんの本を紹介します。

「直感力が高まる生き方」

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最近、決断力が本当に必要だなと思う事が、沢山ありました。
地球が凄く早いスピードで変化しようとしているので、そのスピードに付いて行かなくていけません。
そんな中で、決断力が本当に必要になります。

沢山の情報が溢れる中で、何をチョイスするかを決めるのは自分です。
情報があり過ぎるので、迷う要素もありますが、その中で一番自分にピッタリな決断をする事が重要になります。
自分にとって、一番良い決断をするのに必要なのは、「直感力」です。

何を信じて進むのか迷った時は、人に相談するのが必要な時もありますが、最終的に人は自分の進みたい方向に進みます。
その自分の決めた道を、よりよい道にする為にも、直感力を磨く事が一番だと私は思います。


「直感力」は本来、誰にでもあるものです。

それは、私達の人生を幸せと成功へと導く鍵。
生まれたときからそなわっている、天からの贈り物。

あなたの中に眠る直感力を引き出し、高めましょう。
あなたのたましいが望んでいる人生を実現させましょう。

(参考文献:直感力が高まる生き方;ウイリアム・レーネン)



人に色々と相談しないと決められない人もいますが、自分の人生は自分が創造するのです。
だからこそ、自分の人生に責任が持てます。
遠回りをしても、それも必要な経験です。
全ては自分が選んでいる事です。

そして目には見えない、沢山のサポーターも付いています。
その存在達の力も、大いに協力してくれます。

「直感力」を磨いて、「決断力」を高めましょう。



さて、こちらもレーネンさんの本です。

「生き方の答えが見つかる本」

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こちらは本と言うより、必要な答をもらいに行く本です。
宇宙からのギフトです。
悩んでいる事や、ちょっと立ち止まって考える時などに質問して開くと、その答やアドバイスが書かれています。
一家に一冊あっても、良いかも知れません。
もちろんスピリチュアルな視点からのメッセージですが、とても理解しやすいです。

どちらもお薦めです。


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被災地ボランティア・レポ おまけ

愛ちゃんが、被災地ボランティアから帰って来た私の、慰労会をしてくれました。
その他のメンバーも、集まってくれました。
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全て愛ちゃんが、用意してくれました。
全部美味しかったよ、ありがとう。


では、カボチャの煮付け。
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小松菜と竹輪と卵の炒め物。
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そしてメインは、うどんすきです。
もっと沢山の具材がありましたが、このショットはちょっと残念でした。
メインのうどんは、愛ちゃんが四国から、讃岐うどんを持参してくれました。
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右のぽんくんは、いよいよショップのオープンが、22日になりました。
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宇田さんが飲んでるのは、私がお土産で買って来た、遠野のお酒です。
まろやかで美味しかった。
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このTーシャツは、前回ボランティアに行った、愛ちゃんのおみやげです。
後ろには「がんがっぺ岩手」と書かれています。
後ろ向きのモデルは、教授です。
私と教授は、ペアで持っています。
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美味しいお料理と美味しいお酒で、全員ハッピ-!
(注:奈っちゃんはお酒飲めません)
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参加出来なかったヒロピからは、すっごく甘かった小玉のスイカと、美味しい厚揚げの差し入れがありました。
が、気が付くと食べた後だったので、写真撮り忘れました。


愛ちゃんハバオさんがボランティアに行ったのは8月の頭です。
その時と比べると、作業内容も増えて変化してました。
愛ちゃんは年内にもう一度、ボラに参加したいと言ってました。
もちろん応援するよ。


最近特に、どや顔になって来たななちゃん
ぽんくんは可愛いとメロメロなので、安心しました。
とにかく自由が好き。
猫は縛られるのが大嫌いですが、特に嫌いなななちゃん
のびのび育っています。
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今回のボランティアには、沢山の応援を受けて、エールを受けて、
そして沢山の暖かい言葉を頂きました。
ボランティアはするのでは無くて、させて頂くのですと言われた現地ボランティアのリーダーの言葉通り、参加出来た事に心から感謝します。


そして、まだまだすることが沢山ある現地の事を出来るだけ発信して、やれることを継続しながら頑張ります。
ありがとうございました。

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被災地ボランティア・レポその③

今回が最後のレポになります。

私達が宿泊していた福祉センターには、玄関横に猫が住んでいました。
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「まごころネット」まごころから取って、名前は「ころ」です。
ダンボールの中はキャリーバックごと入っていて、とっても暖かくして貰っています。
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ころは迷い猫らしいのですが、飼い主さんが見つかりませんでした。
でも凄く人懐っこくて、こちらの皆さんで飼っていました。
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私達が帰る日に、ころもここからお引っ越しでした。
ボランティアに参加している沢山の方の中に、ころを家族にと申し出てくださった方がいたのです。
凄く気の良いおじさんでした。
短い間でしたが、猫を愛する私にしたら、ころに新しい家族が出来た事が凄く嬉しかった。
ころ、元気でね。
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このビールは、イギリス人のパスカルがご馳走してくれました。
パスカル、サンキュ-!
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最後の日はカラオケでシャウトしてた、「不良ボランティア」の大畠さん。
友人と3人で「不良ボランティア」を立ち上げてくれたお陰で、一人でも参加する事が出来ました。
心から感謝します。
ありがとうございました。
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私が参加して感じた事、思った事を最後に書かせて頂きます。
震災当初に比べ、今はとても恵まれた環境でボランティア活動が出来ます。
時間と気持ちと参加費用が用意出来るならば、どうか足を運んで参加して下さい。
現地を知る事で、これからの支援ももっと見えてくると思います。


情報収集は正確にお願いします。
テレビやマスコミで沢山の報道がありますが、ここ岩手は津波の被害です。
瓦礫撤去でも細かい作業が沢山あります。
瓦礫撤去意外でも、力が必要ではない作業も沢山あります。


力仕事に躊躇されてる方が居るとしたら、そんな心配は全く必要ありません。
私でも出来る作業が沢山有りましたから。

気持ちがあっても、現地でボランティアに参加が出来ない人ももちろん沢山居ます。
どうか日々祈って下さい。
被災地が綺麗に復興され、笑顔で暮らしている姿をしっかりとイメージして下さい。
一人でも多くの人が祈る事で、大きな大きな力になります。


今回私が参加した「不良ボランティア」で、4日間一緒に頑張った方たちの参加動機を聞きました。
普段から積極的にボラに参加されてる方は正直少なくて、私を含め初めての方が殆どでした。
特に大学生や20代が多かったのですが、その中で誰かが言いました。

この大変な時に、参加出来る自分がいるのに参加しなければ後悔すると思った。
でも一番の動機は、参加しない事を後ろめたく思ってたから。


この言葉を聞いて全員が、私も~僕も~でした。
もちろん、私もです。
そんな風に思える若者が沢山居る事に、本当に感激しました。
流石ボランティアに参加するだけあって、気も付くし、ちゃっちゃと動くしで頼もしい若者達です。

こんな事はもう二度と起こって欲しくは有りませんが、もしまた何かあれば、一度参加した人は直ぐに行動に移せるでしょう。
そしてこのメンバーなら、チームワーク良く沢山の事が出来ると思える位、お互いをサポートしながら作業が出来ました。


出発前に、全員で記念写真を撮りました。
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バスの中から見えた虹です。
頑張ったみんなに、神様からのギフト。
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最後はお別れするのが辛いなと思う位でしたが、でもまた会いましょう。
M君が全員の住所録を纏めてくれたので、助かりました。
必ずまた集まりましょうね。


本当に本当にありがとうございました。

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被災地ボランティア・レポその②

二日目の朝、6時20分のミーティングで、不良ボランティア(以下:不良)さんの方から、「KOBE HEART」さんが今日の仮設住宅での交流会に、ボランティアさん2名募集してますとお知らせがありました。

すかさず、私と昨日一緒に交流会のボラを探していた人と共に挙手して、晴れて参加する事になりました。
「願えば叶うよね!」と、二人で大喜びしました。

こちらに来て思ったのは、自分がやりたいと思った事は、直ぐにアクションを起こす事。
やりたい仕事は、、積極的に参加しないといけないと言う事。
そして自分の意見をしっかりと伝える事です。


仕事内容は殆ど知らないけれど、仮設でのふれあいと言うことで参加しました。
玄関前に集合して、現地へ出発。
責任者の方、助手、私、不良仲間、そしてコープ(大阪生協)さんから男性の方が参加してました。
助手の方が運転する車で、大船渡へ。

海岸線沿いを走りながら、被害の大きさに愕然とします。
クリちゃんのブロ友さんが大船渡に住んでいて、無事が確認されましたが、未だブログは休んだままです。
でも、このどこかで元気で居ると思います。
私が行った事を知ってくれれば、少しでも喜んでくれるかなと思います。


私が参加した時は、参天製薬さんとコープさんが団体で参加してました。
随時こちらにボランティアを派遣しているとの事です。
コープの男性に話しを聞くと、色々な物資も運んでいるらしいです。
凄い単位で。
やはり大手企業は動くと大きいですね。

さて、私が参加したのは「がんばるぞう」と言って、タオルでぞうさんを作る作業でした。
詳しくは、こちらをどうぞ。


もう、ひえ~~~!!!です。

だって私はお裁縫が大の苦手です。
ミシンすら無残な状態です。
過去のミシンの記事を知っている方なら分かるはず。

頭は真っ白です。
でも、人は集まっている・・・
しかも一枚のタオルが、どうすればぞうになるのか?

ここは素直に皆さんに混じって、先生(責任者の方)に教えて貰うしかありません。
最後まで「先生!」と叫び続けながらも、何とか午前中に1匹のぞうさんが出来上がりました。
難しい所はもちろん、先生や仮設の方々に助けて貰いました。

そして午後にももう1匹作り、とっても愛らしいぞうさんが誕生したのです。
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私の物覚えの悪さに呆れること無く、最後まで暖かく接してくれた被災者のみなさん。
本当にありがとうございました。
と、心から言わせて頂きます。


お昼は福祉センター近くの料理屋さんが、ボランティアさんの為に500円で毎回提供してくれます。
ずっとコンビニの御飯だったので、涙が出るほど美味しかった。
御飯が凄く美味しくて、500円では申し訳無い位でした。
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先生がおっしゃるには、こちらに来た当初は全く人が集まら無かったらしいです。
それでもこつこつと活動した結果、やっと地元の方達と交流が出来るようになったらしいのです。

被災者の方達は、元気で明るい方達でした。
ぞうさんを作りながら、冗談を言ったり話は尽きません。
この間だけでも気持ちが集中出来て、和むらしいです。
現実から少し離れることが出来る時間です。

90歳近いお婆ちゃんが一番テキパキと器用にぞうさんを仕上げて行きます。
「わたす~(私)、すっかり忘れでもだ(忘れてしまった)」
と言いながら、気が付くと出来上がっています。
本当に可愛らしいお婆ちゃんでした。

ある方は、メガネを作った次の日に、津波が来ました。
「やっと つぐったメガネが 津波で流されだ。
ぜ~~~んぶ 流されだ」

ユーモアたっぷりに、お話してくれます。

津波から半年以上が経ち、こんな風にお話が出来るまでにはどれ程の思いがあっただろうか・・・
私は皆さんが楽しそうにおしゃべりする姿を見ながら、胸が一杯になりました。


そしてそんな私は、最後まで先生やみなさんに助けて頂きながら、ぞうさんを仕上げたのでした。
この日のこの時間、被災者さん達と笑って話して、本当に楽しい時間でした。
本当に、本当にありがとうございました。


仮設に入った瞬間から、自立を言い渡されます。
でも、昨日まで何も無く、仕事さえも無くした人達全員が、自立なんて難しいと思います。
中には光熱費が出せ無いので、昼は出かけ、夜寝る時だけ戻る人も沢山いると聞きました。
そんな人達をどうやって救済するのか、これはこれからどんどん問題になると思います。

特にこれからは、寒い寒い冬が来ます。
寒い冬を乗り切るために必要な、生活必需品が沢山必要になると言ってました。
本当にまだまだ、沢山の支援が必要だと実感しました。


さて、ボランティア最終日、不良チーム全員で、お風呂の後は御飯に行きました。
遠野では、ジンギスカンが有名なのです。
私も知らなかったのですが、遠野と言えばジンギスカンらしいです。


満場一致で、ジンギスカンを食べに。
私は苦手でしたが、ここはやはり、共有しないといけません。
が!すっごくすっごく美味しかったんですよ!
ジンギスカンが!!!
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美味しいと評判のお店もあってか、全く臭みが無く、むしろヘルシー。
食べまくりました、そして飲みました。
このみんなの笑顔で、美味しさが伝わりますよね。
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全員夢中です。
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左、私。
中央、一緒にぞうさんに行った、O原さん。
右、世界を駆け巡るボランティアの達人、Sさん。
Sさんからも沢山のお話を聞けて、本当に勉強になりました。
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一番右が、「不良ボランティア」を立ち上げた3人の内の一人です。
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20代が多かったメンバーなので、最後は「フィーリングカップル」
もちろん私は5番目の席で、所謂、色物系。
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そして、即席カップルが出来上がるのです。
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ジンギスカンの後は、お約束のカラオケへ。
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写真が、ブレブレになるくらいの盛り上がり。
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「チーム・コリアン」です。
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女子組です。
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全員ノリノリでした。
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明日は一日バスに揺られるだけなので、1時まで歌ってました。
正面玄関しか開いてないので、男子が入って裏口を開けてくれました。
団体でゾロゾロ入ると目に付きます。
しかも全員不良組なので、ここはやはりこっそりと。

学生時代のノリで、最後まで本当に楽しかった。
町の活性化に、少しでも貢献出来た気がする我々でした。

明日はいよいよ帰路に着きます。
まだまだやり足りない気がする、これは全員が同じ思いです。
たった2日間のボランティアは、本当に少しのお手伝いしか出来なかった。
もっともっとお手伝いしたいと、全員が口々に言ってました。

そして私達は息を潜めながら、こっそりと寝袋に入って休みました。


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被災地ボランティア・レポその①

10月4日から7日まで、岩手にボランティアに行って来ました。
私自身がこのボラを通じて、体験した事や感じた事を書きます。
3話に分けてアップしますので、どうか最後まで読んで下さい。

現地の現状の写真が無いのは、写真撮影について被災地の方々に対し失礼があっては行けないと言う事で、現地で活動しているボランティア団体の方から、撮影は控えて下さいと注意がありました。
どうしても撮影したい方は、各作業場の班長さんの指示の元で許可が頂けます。
なので、このブログの写真は、作業が終わった後の仲間達との交流だけがアップされます。


私が今回お世話になったのは、「不良ボランティアを集める会」です。
詳しくはこちらをどうぞ。

8月に愛ちゃんとハバオさんが、先に参加しています。
その時のレポは、こちらをどうぞ。

今回は総勢15名のメンバーで出発しました。
(女子6名、男子9名)
女子の大学生が2人参加で、後は全員一人参加です。
私は47年生きて来て、初めてたった一人でしかも3泊4日の旅に参加します。
間違え無く、人生の一大イベントの一つに入るでしょう。

みんな同じ思いを持つ仲間達なので、アッと言う間に仲良くなれました。
その中で、65歳の元看護師さんのSさんは、今回3度目の参加です。
事前に宿泊所での細かい事を教えて貰い、本当に助かりました。

片道13時間掛けて到着した場所は、「遠野市総合福祉センター」です。
ここが「遠野まごころネット」の拠点です。
遠野市の方々に提供して頂けたらしいです。
「遠野まごころネット」は、こちらをどうぞ。


沢山のボランティアさんが利用しているので、もちろんルールがあります。
タイムスケジュールも結構タイトです。
細かいルールを全員が守る事で、スムーズに作業が出来ます。
やはり、プロのボランティア団体は違うと実感しました。


センターに着くと、ホワイトボードには沢山の求人が貼ってあります。
メインは瓦礫撤去ですが、その他にも細かい作業が沢山あります。
体力に自信の無い方でも、全く問題ありません。
特にこれからは、仮設住宅での被災者さん達の心のケアーや交流の作業が、どんどん必要になって行くでしょう。


私は2日間しか無い日程の中で、被災者の方達と直接交流がしたいと思っていました。
初日は瓦礫撤去に参加して、2日目に「ふれあい」の方に参加しようと決めました。

初日、私が参加したのは、大槌町箱崎地区の瓦礫撤去です。
現地でも細かく班分けします。
作業内容が違うので、ここでも軽作業から体力勝負の作業まで様々です。


私はS木さん宅の、瓦礫撤去最期の仕上げに参加しました。
最終的には、基礎だけが残った状態に仕上げます。
何週間に渡り綺麗に撤去されたので、最期の仕上げは土を手で掘りながら出てくるモノを細かく分類しました。
家の持ち主から要請が来て、初めてボランティアが作業にかかれます。
なので、ぽつんぽつんと残された、津波の後そのままの家もあります。


作業前に、リーダーの方が言われました。
心の中で良いので、亡くなった方々に合掌してスタートして下さい。
この箱崎町は、とても気難しいと有名な場所です。
津波の後、殆ど何も残って居ない所からも、窃盗や強盗が有ったらしく、他の所からの人間が町に入るのを極端に警戒して居たらしいです。
初めは全く要請が無く、することは沢山あるのに手が付けられない。
撤退しようかと思っていた時、お盆前にお墓参りに来る人達の為に道を綺麗にしたらしいです。
(愛ちゃんとハバオさんが参加した時にした作業です)
それを境に、地元の方達が心を開いてくれて、今はお昼に差し入れがあったり、要請があるらしいのです。
私達もこの日、沢山のお刺身を頂きました。
本当に美味しかった。

私達が綺麗にした場所は最終的には、全て更地にされるかも知れないとの事。
したことが無駄になるかも知れないけれど、ここで生活して居た方達の、心のケアーをするんだと言う気持ちで、作業して下さいと言われました。


S木さんはまだ、一度も津波の後、家を見に来ていません。
でも、きっといつか来られた時、綺麗に片付いた家を見て、少しでも気持ちが和らいでくれればと言う思いで、全員頑張って作業しました。

同じ班に学生の女子が4人いました。
聞くと学校の福祉の実習で、今年は被災地でボランティアになったらしです。
沢山参加してましたが、引率の先生が外人なので訊くと、「シュタイナー学園」の生徒さんでした。
「シュタイナー学園」は、こちらをどうぞ。
「シュタイナー学園」にはかなり興味があったので、色々と聴けて楽しかったです。


寒いかもと思い防寒具を持って行きましたが、結局暖かくて全く必要無かったです。
作業中は、汗ばむくらいでした。


全ての班の作業が終了し、廃墟になった学校の屋上で、海に向かっての写真撮影だけが許されました。
こうやって、ぽつ~んと残ってる建物が、あちこちに少し残っています。
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空き地には全て建物がありましたが、津波が全てをさらって行きました。
そしてこの更地にも、沢山の瓦礫があったそうです。
この景色を見ていると、涙が出て来ました。
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バスで沿岸部を通りながら、まだ海に浮かんだままの家があったり、何から手を付ければいいのか分からない場所も沢山あります。
座礁した舟もそのままです。
宮城までは沢山のボランティアさんが来ています。
でも岩手に来るボランティアは少ないので、全然手が足りません。
岩手にも沢山のボランティアさんが来るように、是非言って下さいと切に訴えていました。


センターに戻ると、5時から全体のミーティングです。
そこで一日の作業の報告や連絡事項等が話合われます。
人手がもっと欲しい班の、人員の募集もあります。


全ての行程が終了した後は、私達不良は(不良ボランティアを略して)リーダー運転のバスに乗り、近くの銭湯へ。
ここはボランティアには、150円で解放してくれています。
汗を流しさっぱりした後は、遠野駅の近くの居酒屋で。
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バスの中で自己紹介をしましたが、緊張もあり殆ど覚えていません。
ここで再度、全員で自己紹介が始まりました。
大学生が5人、会社のリフレッシュ休暇を利用して参加の方や、韓国から日本に来ている韓国人の参加、そして日本に数年住んでいるイギリス人と、国際色豊かでした。

お店の方にも、凄くよくして頂きました。
本当にありがとうございます。


センターに戻り、不良で一緒の私と同じ年齢の方と、ふれあい交流の募集を探し連絡を入れましたが、全て埋まってました。
残念!
明日も瓦礫に参加する事になりました。

バスの移動時間が往復3時間くらいで、20分作業して10分休憩が入ります。
現地での作業時間自体は、それほど沢山ではありません。
作業内容も過酷なモノでは無かったので、身体のダメージも全くありません。

明日もまた頑張って役に立とうと、決意も新たに眠りにつきました。


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行って来ます。

今日から、東日本の被災地にボランティアに行って来ます。
火曜日から行って金曜日の夜に戻ります。
8月に愛ちゃんとハバオさんが行った、ボランティア団体で行きます。
仕事の関係もあり、最終的に一人で参加です。

47年生きて来て、一人で泊まりの行事に参加するのは初めてです。
でも、震災があった直後から必ず奉仕に行きたいと強く思ってましたから、やっと参加出来ます。

愛ちゃんとハバオさんが必要な物を貸してくれたので、殆ど用意しなくても揃いました。
本当に有り難いです。

4日間、お世話係の宇田さんも居ませんが、しっかりと頑張って来ます。
また帰って来たらレポします。


ななちゃんがきっと大きくなってる気がします。
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(首輪の輪ゴムは ちょっと大きいので縮めました)

いつもの様に、クリちゃんにみんなの事をお願いして行きます。
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クリちゃん、宜しくね。
毎晩電話するからね。
少しでも何かの役に立ってくるね。

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ナナは「ななちゃん」

我が家のナナちゃんは、ぽんくんのたっての希望で、「ななちゃん」へ改名しました。
最近は私が家にいる時には、オープンにします。

首輪をしているのは、何処に行ったのか分かる様にです。
最初は首輪を付けられて嫌がってましたが、首輪を付けるとゲージから出してくれるって理解しました。
もちろん、ゲージに入る時はまた首輪を外します。
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スリッパ遊びが大好きです。
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テーブルの下に入り込んでは寛いでました。
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私が「ななちゃ~~~ん」って呼ぶと、必ずチリリンと鈴が鳴ります。
ここに居るからって教えてくれます。


ななちゃんを初めて、ブログにアップした時の話ですが。
ブログを見た方が、どうしてもななちゃんに運命を感じたので、私にメールをしたらしいのです。
そのメールが2回とも届かなくて、3回目にやっと届いた時には、ぽんくんの家族に決まった後でした。


そしてぽんくんななちゃんと対面して、その瞬間家族にって決めたのですが、ちょうどその時にもしよりさんからメールが。
里親さんが決まったって言うと、ガックリしてました。
こちらもななちゃんに一目惚れだったようです。

こうやってタッチの差で、全てをクリアーしました。
寸分違わずって事ですね。


ななちゃん
は、ぽんくんの家族になる約束をぽんくんとしていたので、保護したさっちゃんでも無くて、ぽんくんだったのです。
ぽんくんが一目で分かる様に、描いてたイメージ通りの理想の猫で生まれて来ました。


相当かった~~~い絆ですね、これは。


そんなななちゃんの最近のマイブームは、さっちゃんが貢いでくれたピンクのクッションをもしゃもしゃする事です。
気が済むまで、もしゃもしゃしてます。
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ここで眠り、ここで遊びます。
かなりのお気に入りです。
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ぽんくんの家に行く前に、一度は洗ってあげようと思います。
だって、もしゃもしゃしながら噛み噛みもしてるので、ガビガビしてるんです。

ななちゃん用にイチゴハウスとイチゴのクッションも購入しました。
さっちゃんからの支度金を、ななちゃんの為に惜しみなく使わせて貰っています。

ななお嬢様は、とっても恵まれています。

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